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 台所を「お勝手」と呼ぶのには、意外なことに弓道が関係している。
 弓道では弓を支える左手を「押し手」と呼び、一方、自由に動かせる右手のことを「勝手」と呼ぶ。この呼び名にちなんで、女性が自由に使える台所のことを「お勝手」と呼ぶようになったのだ。
 現代の女性は、台所だけでなく、寝室もリビングも勝手に使っているが、昔は女性の思いどおりになる場所といえば、一切をまかされている台所ぐらいしかなかったのである。

 今や日本人の国民食ともいえるカレー。料理に凝る人には、市販のルウでなくカレー粉を使う人も多いものだが、このカレー粉、カレーの本場.インドでは、どこをどう探しても見つからないはずである。
 日本人の中には、カレー粉をカレーの木か何かから取り出し、粉末状にしたものと思っている人もいるようだが、実際にはカレーの木やカレーの実なんてものは存在しない。そもそも「カレー」とは、インドでは「ソース」といった意味で、カレー粉は、ターメリックをはじめとした何十種類もの香辛料を混ぜ合わせたものをいうのだ。
 本場のインドでは、各家庭ごとに香辛料をあれこれ混ぜ合わせ、「わが家のカレー」にする。だから、カレー粉などは不要。
 何種類もの香辛料を混ぜたカレー粉は、イギリスで生まれ、これが日本でも爆発的なヒットとなった。

 一夫多妻というと、男たちの中にはうらやましく思う人もいるよう。世界では、イスラム教国のいくつかが一夫多妻制を認めているが、この制度、けっして男の都合によって生まれたのではない。
 イスラム教の教祖.マホメットが、異教徒と戦った際、多数の味方の兵士が戦死してしまった。残されたのは多くの未亡人で、そんな彼女たちの面倒をみるために、マホメットは一夫多妻制を認めた。つまり、そこには「扶養の義務」があるのである。
 ちなみに、マホメットには十二人の妻がいたというが、女房なんて一人でたくさん、という人には無縁の話かも。

 フランス.ルイ王朝時代の代表的な建築物、ベルサイユ宮殿。その外観、内装は、まさに絢爛豪華の一語に尽きるが、この建物にはトイレがないことでも知られる。
 これは、当時の王様をはじめ、宮殿の住人たちは、それぞれ専用のオマルを持っていたから。宮殿の生みの親であるルイ一四世ともなると、二六四個のオマルを持っていたというから、これはもう立派なコレクションだが、困ったのは、専用オマルのない来客である。
 結局、彼らは宮殿の庭で、人目をはばかりながら用を足すことが多かったというが、これでは庭が臭くなるばかり。
 このあまりのマナー違反に腹を立てた庭師の一人が、ある日、立入り禁止の立て札を立てた。この立て札が「エチケット」で、礼儀.作法を意味するエチケットという言葉の語源は、ここにあったのである。

 日本料理に使われる香辛料には、ワサビ、ショウガ、カラシ、サンショウ、七味トウガラシなどいろいろあるが、寿司とくれば、もちろんワサビ。これには、きわめて科学的な理由がある。
 寿司にワサビを入れるには、魚の生臭さを消すためである。
 その意味では、カラシでもショウガでもかまわないのだが、ワサビは、その辛味が魚の生臭さと同時に口の中から消えていくという特徴がある。
 その点、カラシやショウガは、魚の味が消えているのに、まだ口の中に辛味が残ってしまう。これでは、せっかくの寿司のうまみも帳消しにされるというわけである。

 寿司は江戸前にかぎる、という人が多い。「江戸前」とは文字通り、江戸の前、つまり東京湾の沿岸でとれた魚のことをいう。
 江戸時代、江戸の町には、東京湾の内外でとれた魚を水揚げする日本橋の魚河岸と、それより沿岸でとれた小魚やエビ、貝類を取引する芝浜の魚河岸(現在の田町駅付近)の二ヵ所があった。で、江戸っ子たちに寿司ネタとして人気だったのは、もっぱら芝浜もの。「雑魚場」と呼ばれる芝浜の魚は、沿岸でとれた魚だけに、鮮度が抜群だったからだ。
 ところが、現代になると、江戸前の魚とは、神奈川県の三浦半島.三崎沖から、千葉県の内房.館山まで、東京湾内でとれた魚すべてを指すようになった。
 これくらい範囲を広げないと、江戸前寿司が握れないのである。冷蔵技術と輸送手段が発達したおかげとはいえ、江戸っ子にはちょっと寂しい。




検査眼睛

上禮拜跟我姐去定期眼睛検査,因為近視有一眼破千,對於検査眼睛這事還蠻關心的,所以都會定期去検査,一開始要先點散瞳劑,OK後,進去給醫生検査,我就説順便要検査一下乾眼症跟飛蚊症,醫生就説,你的眼睛看起來就水很飽滿的樣子,應該是沒有乾眼症(還笑了一下),然後繼續検査,近視度數沒變,安心了不少,因為工作都要一直看電腦,所以很擔心,後來説要量眼壓,因為沒做過,有氣體噴出來時,還嚇了我一大跳,切,早説嘛,總之,眼睛沒事真的很讓人安心

 ゴルフの練習場、電話、文字の書き順...と、世の中はすべからく右利きに有利なようにできているが、そのせいでか左利きの人は寿命が短いという説がある。
 アメリカ.カリフォニア州立大学のハルパーン博士らが、物を書く、ボールを投げるなど生活のすべてを右手で行なう人を右利き、それ以外の場合を左利きとして、その寿命を調べたところ、右利きのグループの平均寿命は七五歳だったのに対し、左利きのグループは六六歳だったことがわかった。
 その理由として、博士は、世の中がすべからく右利きに有利にできているため、そのストレスで左利きの人々の寿命が縮んでいるとしている。
 この報告には、信頼性が乏しいなどの反論がたくさんあるが、たしかに左利きの人が差別だと怒れば、それだけでストレスがたまり、寿命が縮みそうではある。

 「松竹梅」は、もともとおめでたいものの代表とされてきた。
 理由は、いずれも冬に強く、生命力にあふれているからで、この三つは「歳寒の三友」ともいわれ、松竹梅が一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。
 しかし、なぜ松竹梅の順なのか。竹はタケノコがとれるし、梅はきれいな花をつける。その点、松は地味だし、役にも立たない。
 松がいちばん上とされるのは、単に語呂がいいからという説もあれば、厳寒でも葉の色を変えず、竹や梅よりもさらに寒さに強いからだともいう。

 うれしいとき、感動したとき、人を歓迎するとき、人は拍手をすることでその気持ちを表すが、これはどうしてか?
 国立民族学博物館助教授の野村雅一氏によれば、拍手の起源は、古代ギリシャで紀元前五世紀に始まった演劇で、観客が芝居をほめ讃える意味で手を叩いたのが最初という。では、なぜ、観客たちは手を叩いたのかというと、手が人間の体の中でもっとも上等な器官だと考えられていたから。つまり、その尊い手を叩いて出た音には、相手をほめる意味があるというわけである。
 さらに、左右対称に付いている手は、叩くと音が出しやすく、しかも一番いい響きをもっていたことも大きな理由という。
 ちなみに、拍手が日本に伝わったのは、明治になってから。江戸時代の人々は、歌舞伎などを観てどんなに感心しても拍手はしなかったらしい。

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